Summer's almost gone. 今は9月、夏はすぎゆく。
夏といえば海に山にキャンプにフェスという楽しみが一般的だが、それらとはあたら無縁のぼくにとって、夏は苦い記憶を呼び覚ますだけの季節である。
苦い記憶、それは明らかに年下の奴らからカツアゲをくらったことがあるって記憶である。ここでいちおう言っておくとカツアゲっていうのは食べ物じゃなくて、強者が恫喝して弱者から金を巻き上げる喝上げ、つまりあの卑怯な犯罪行為のことね。
ぼくはいちおう大人になってからウカツにもそのカツアゲを食らったことが、なんと2回もある。どちらも盛夏のできごとだった。
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1回目のそれは19歳のころ。一人であてどなく街をブラついていた当時のぼく(予備校生だった)の様子がよほど挙動不審だったのか、あるいはチョロく見えたのか、あるいはその両方だったのか。
とにかく高校生みたいな私服の2人組に目を付けられ、絡まれ金を無心されたことがあった。
「お兄さん、おれら金なくてさ。貸してくんない?」と。
「ほんでいつ返してくれんのや?」(←最後の「や」は仙台弁の特長)みたいなトボケた会話を繰り返してケムに巻こうとしたが、しつこく迫ってきて正直ビビッた。
しかしこのときは福音があった。2人組みの片方がまともな奴で、ぼくに執拗にせびる相方に対し最初から「おいカツアゲなんかやめろ」と制止していた。
こいつがいなしてる間にスキをみて遁走し、おかげでぼくは難を逃れたのだった。
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2回目のカツアゲは、これまたウカツすぎて笑ってしまうが30過ぎになってから。15年ほど前の話だ。
このときはまんまと7千円くらい取られてしまった。しかも自分の半分程度の年齢のやつらにである。何ともハズい体験だがこのさい白状してしまおう。
当時JRの夏の企画に「北海道東北鉄道フリーパス」という、有名な青春18キップよりもっと自由度の高いプランがあって(今でもあるのかな?)、会社の夏休みにそれを使って、あてのない無計画な各駅停車の旅行をしていた時のことだった。
ある夜秋田駅で、接続電車がなくなってしまった。
その時点で宿をとることも出来たが、金をケチって駅構内で夜更かしすることを選んでしまった。それがウンの尽きだった。
終電がなくなってから2時間ほど経過した深夜の駅校舎内。地方のターミナル駅(秋田新幹線は当時すでに開通していた)という中途半端な規模のところのそれは、実にカオスな光景であった。
ラスタマンが構内にいつの間にかゴザをひいて、ラジカセで爆音エスニック音楽をBGMにアクセを並べて売ってる。
しかし彼は明らかに売る気はない。
カップルが道端に座り込んでイチャついてる。いまにもおっぱじめそうなこの2人は、風貌からするに社会人である。行為に及ぶなら、しかるべきところに移動したうえでヤッて頂きたいものだ。
ほかにももっと怪しげなやつがいたが、細かいことは忘れた。
平日でこれである。週末はどーなってることやら。今は管理社会も相当進んでるから、深夜の駅構内は当時のような荒廃はないと思うが、ただ不穏さを排除すればいいってことでもない気がする。
あのラスタマンなんかは今どこでどうやって生計を立ててるのであろうか。
さてそんな中、いかにも田舎のヤンキー現役バリバリといった風体のガラの悪い2名が、タルそうにやってきた。
獲物を狙うようにきょろきょろしてる。年のころは15~16歳といったところか。
漫然とベンチに座っていたぼくに狙いを定めたらしく、近づいてきて、こう言った。
「おれら秋田獄門会のもんだけどさぁ…」
まず、感心した。個人名ではないがとにかくみずから名乗ってきたのだ。「秋田獄門会」と。そんなの実在するか分からないし、それが何の団体かも知らぬが、とにかく礼儀をわきまえてるのは評価できる。
しかしほの暗い深夜に、しかもアウェーで聞かされると、威嚇効果バツグンのネーミングだな。なにしろ「獄門」であるのだから。
一瞬感じたこの名乗り上げに対する感心も、ところが奴らの次の一言で消えた。「こんなとこにこんな時間にいるんだからカネないのは分かるんだけどサァ…財布の金、恵んでくんない?」と、下手に出た言葉とは裏腹に、ひん剥いた目の玉でこちらをギロリ睨み据えながら言う。
そして懐柔役と思しき相方がニヤつきながら「こいつがブチ切れる前に、出した方が身のためだよ、お兄さん」かなんか言うのであった。その横でキレ役の相方は、さっきの低姿勢な物言いとはコロッと態度を変え、「テメーぶちコロス!あうっおうっ!!」とか叫んで体をクネらせ、さっそく攻撃モードに入った模様。殺すも殺さぬも、こちらが何のリアクションもしないうちに、である。今思うと笑うしかない「狂った真似」であるが、当時はビビった。
交番は階下であり、またこちらには荷物があった。うかつに逃走できない。アウェーの弱さだ。
振り返って考えると、これは非常に考えられた狡猾な手口である。ツーマンセルで弱そうな一人(ぼく)にアタック。片方が鬼でもう片方が仏の役。刑事ドラマでの取り調べの配置のようなこの妙味。
今回の抑止役は、19歳の時のカツアゲ時におけるアイツのような、純粋なそれではなかった。一枚も二枚も上手の、ロールプレイでの役を忠実にこなす知能犯であった。喝上げとはギリギリな状況を勝手に作り上げ、その閉鎖の中でゼニ出す出さないという、関係性のゲームである。
ゲームである以上は、こちらも話術やネゴシエーションのスキルでかわすしかない。
ぼくの作戦は決まっている。変な行為を繰り返し相手をあきれさせ、こんなヤツと
かかわってても時間のムダだと思わせることである。これならぼくの地でいける。
「狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり」である。いや違うか(笑)。
しかし相手はおそらく百戦錬磨の、カツアゲに特化したキレッキレの「キレ芸人」である。ぼくの作戦が通用するかどうか…でもやるっきゃない(と当時は思い込んだ)
こうして小銭をめぐって狂人のフリを競い合うという世にも下らぬ応酬が、深夜の地方駅構内を舞台に繰り広げられたのだった。なに、昼間の仕事だって同じようなもんじゃないか、苦でもない。
ぼくはそこで飛び道具を出した。当時習ってたロシア語(!)を口にして、日本人でないフリをする作戦に出たのだ。秋田なら地理的にロシアは近いがそんなことはこの際関係なかろう。ぼくは叫んだ「うみにゃーにえっとでぃえんぎ(金なんかありません)」と。ラスコーリニコフのように。そう、「罪と罰」の主人公のように。
ぼくのロシア語の発音は、自分で言うのもなんだが、うまい。この、あまりのすっとんきょうな言葉の響きに、相手はすっかり度肝を抜かれるはずだスパシーバ。
ということでこうしてロシア語作戦を展開してみたが、露語の語彙に乏しく、すぐに日本語の会話に戻ってしまって、あえなく自滅、失敗した。ちくしょうハラショーである。せめて英語にすればよかった。どのみち獄門会には分からないのだから。
次に屁をこいてその強烈な臭いに相手がひるんでるスキに、スカンクみたいに逃げようと思った。うまいぐあいにそのとき便意もあった。こういうときにぼくは、強烈なのをヒリ出せる特技を有している。
そこでぼくは意図した通り会心の一発をヒリ放った。ブログの世界には何とか砲ってのがあるがそれの数段上を行く砲屁、音ナシのスカシ屁である。これはくさい。強烈に臭い。硫黄的な腐敗のニオイに、なぜかケミカルの異臭も混じった「傑作」である。これは効果絶大のはずだ。相手が女の子なら一発で百年の恋も冷めるレベルである。
しかしその乾坤一擲の作戦も失敗した。「てめ、屁こいたな」の一言を発しただけで、相手はゆるぎないのであった。
どちらの威力も、カツアゲの撃退にはゆうに及ばず失敗した。変なやつで通せば相手があきれて立ち去るという、それまで成功してきたマイ独自の撃退法が敗れた瞬間だった。ビビッた。
ということですったもんだ色々抵抗したりニラミ合ったり声を上げたりしたが、「数千円で俺ら退散すッから。安いもんジャン」とかいう、よく考えると論理になってない論理に負けて、ぼくは財布を出してしまった。
当時のぼくの財布は、レシートとか、いつか使おうとしてそのじつ期限切れのクーポン券などでパンパンであって、札よりもそれら紙切れの方が多いくらいであった。その中から千円札を3枚引き抜き、獄門会に手渡した。
本当はもう少し千円札はあったのだが財布内のジャマな紙切れと、見えづらい暗やみが幸いしてカモフラージュできたと思った。そのときは。
獄門会は去った。あたりはラスタマンの爆音BGMが鳴り響くだけの光景に戻った。救われた気持ちとくやしい気持ちを両方味わいつつ10分ほど経過したところ、驚くようなことが起こった。なんときゃつらは戻ってきたのだ。
そして「お前、もっと持ってるだろう。出せ」と、キレ役のヤツはもちろんのこと、今度は先ほどの懐柔役までもがムキ出しの強奪態度で来たのである。二度に渡り、安堵の中から残余までも入念に奪取していくという、孫子の兵法も「戦争論」のクラウゼヴィッツも真っ青の、人間不信になりそうなカツアゲ実践であった。
ぼくは観念し、残りの数千円をも差し出した。奴らは得心がいったようで、「おれらみたいなのに気を付けな」とホクホク顔で余裕のコメントを残し、今度こそ本当に去っていった。
30過ぎてはじめての挫折だった。カツアゲに対する敗北(笑)
君子危うきに近寄らず、という言葉が脳裏に去来した。
ふと頭を上げると、例のラスタマンは何事もなかったかのようにゴザをたたんで帰り支度をしていた。なんでお前は空気のように振る舞い、獄門会の餌食にはならんのだ。不公平ではないか。
時刻は午前4時半で始発まであと1時間。今日も暑そうだ。口の中が苦い。
ぼくが夏を嫌いなわけが、少しは分かって頂けただろうか。あのとき以来ロシア語の勉強もやめてしまったな。
<了>