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みんなが「ホントの仕事」に従事すれば、日本は良くなるし、世界にもいいことあるよ、たぶん。



建前と本音。

建前は柔軟である。ひとつ譲れば、その分相手の建前が押し込まれてくるが、それはそれだけで終わる話だ。相互作用が等分で予測可能、そしてバーターで分かりやすい。

 

建前世界が虚構に見えていながらも強い構造を持ち、破綻しないのは、人間関係のトータルバランスが取れているからである。保守は、その仲間だ。

 

いっぽうよく称賛される本音トークやぶっちゃけた世界は、自分のことしか考えてない押しの一手である。頑迷で一方的言いっ放しで、正直にさらけだせば全部許されるべ的期待が隠れており、稚拙で安直である。はてな村や2ちゃんなどはそっち系であり、だから匿名がベースで、かつ「落としどころ」がない。

 

建前と本音の2重話法をスタンスとして比較的取れるのが、日本語の特徴である。英語でもその他主要言語でも、この両者を自在に行き来はできない。特に英語は、ほとんど建前だけで構成される。そこがイデオロギーの始発点であったのがむかしむかしの帝国主義時代。それ以降、建前が世界を席巻した。

 

そしてここ20年ほどのインターネット革命は、その建前だらけの英語の世界に本音の「醜さ」をのぞかせた。twitterで公式発信を続けるトランプは、建前と本音のどちらにも、重心を置きかねているように見え、揺れている。

 

たぶんネット以降の世界というものがある。それは建前と本音の止揚した別次元のものになるのかどうか。それは多分ぼくらひとりひとりがその試金石たる自覚があるかどうかにかかっている。

 

<了>