お金に困ったら読むブログ

みんなが「ホントの仕事」に従事すれば、日本は良くなるし、世界にもいいことあるよ、たぶん。



小学校でお金の教育をしようじゃないか

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「暗黙の了解」といえば、なんかこう閉鎖的、日本の因循固陋な、悪しき習性の代表格って感じだが、これはこれで知的な動態ってところがある。富山市議員の詐欺体質、改ざん容認体質が話題だが、一般サラリーマンだって会社で出る宿泊費上限内の宿泊費の改ざん、会社の備品を量販店で購入しそのポイント貯蓄、その補填の私物化など、同様の「不正」は広く行われている。

 

だから、経費専用クレジットカードなどを法人として所有し、経費支払いはその1枚で完結させるなど、制度面での整理が必要だろうし、じっさいそれは普及してるのではないか。カネに関してだけは、性悪説に立った用水路造りが必要なんだろうと思う。

 

さて現代の初等学校教育が抱える弊害はいろいろあるが、そのひとつにお金の教育をどう扱ってるのか?ってのがある。

 

いまは、そんなもの見て見ぬフリして理科だ算数だと教育は勝手に始まり続き、また金のハナシを抜きにして一足飛びに、次は働くことや初歩経済の授業に移っていくわけだが、教育制度はどの段階でも、金銭の本質を子供らにきっちり植え付けることをしない。そりゃお金の知識くらいは教えるが、たとえば貨幣のエグいダークサイドには触れない。ダークサイドとは具体的に言えば雇用者の給料のからくり、金利や高利貸しやクレジットカードという吸血鬼、物品に値段が付いてることのイヤラシさとごまかし、根抵当権というザル的目くらまし制度、借金の際の保証人と「連帯」保証人とでは、いざトンだ時の立場は雲泥の差であること、夜逃げの悲惨さ、等々にはほおかむりだ。その逃げが、子供たちが長じてからの今の世が、これだけひずんでる大きな原因となっている。なにしろ、30年くらいはアッという間に経ってしまうものだから。

 

金銭の本質を教えるとは、カネなんざ資本のモノサシ、基準や差異を計測するだけの記号・単位、マボロシやツチノコの類にすぎない、という概念を幼い頭にネジ込むことである。まちがってもカネを持ち上げてはならない。「金はあるにこしたことはない」だとか、「必要悪」とかといった消極的な肯定もダメ。さらに甚だしくは「金稼ぎは正義」「金持ちこそが人生の成功者」などの教えはもってのほかである。現世に主流の、多少なりとも肯定的な態度は全部否定し、人間はそんなものに縛られてたらどこにもいけない、という感性を育てることだ。ニュートラルを超えてネガティヴな文脈で金を定義してあげることである。カネは、ひとの愚劣さの拡大鏡、擬態にすぎないということの念押しである。この点だけは、教育は強烈なファシズム、ゴリ押しくらいの塩梅でちょうどよい。こどもを貧困の当事者にしてはいけない。

 

稼ぐだけで、造れないのがお金

 

世間を巡ってるだけの流通記号がゼニカネ

 

買い物とは、投票や寄付のような行為

 

貯金や投資なんか、大の大人がマジに取り組むことでない


仮想通貨への投機なぞ、自慰行為と変わらない


いままでの金銭に対する教育のスタンス、すなわち腫れ物に触るかのような、もしくはシカトをキメ込むような教育態度は、ほかならぬ教育の内容設定者が、お金のことについて知らない、考えたことない、慣れてない、教育にとっては不純で扱うにはふさわしくない題材であるものと、あらかじめ規定してしまってるから、起きるのである。

 

こういう銭の虫ならぬ無視が「暗黙の了解」になる社会は、お金への執着が傍流に貶められ、人はそこではじめて、誰はばかることなく大きく呼吸できるだろう。自由の実現は、かくも簡単である。

 

ときたまテレビや雑誌などで借金○億円を10年で返した人なんかが、逆境をはね返したヒーローのようにおもしろおかしく取り上げられるが、そんな多額の負債などハッキリいって正体不明である。借金が借金を呼んで膨らんだだけの幻の集積である。友達から借りた金なら不履行ではまずいが、借金とは額がデカくなればなるほど、返済しないことで困る具体人はいなくなる性質があるのだ。カネは自己増殖する蜃気楼であり、したがって額が増大すればするほど借金を扱う担当は具体的当事者から遠のいて、代理人や金融機関といった「制度」に希釈される。こうなると救済制度(自己破産など)が発動できる余地が生じるし、それを個人が行使しても、悪徳金融業者でない限りは「本当に」迷惑をかけてしまう相手はいない。こうしたことも現代社会の基礎知識であって、子供にまっさきに教育すべき内容である。

 

だいたい日本国政府が、ふだん金ばっかり勘定してるクセに、おのれ自身が巨額の「借金」繰り延べ(という名の実質的踏み倒し)や、さらなる借金体質の本家本元、総本山であり続けている。で、金額の帳尻合わせに苦労はしても、本気の債務返済でマジに悩み抜いてる人は閣僚にもいない。このことは子供にもじきバレるのであるからして。

 

<了>