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お金に困ったら読むブログ

みんなが「ホントの仕事」に従事すれば、日本は良くなるし、世界にもいいことあるよ、たぶん。



「10年後になくなる仕事」とは、訳知り顔で偉そうな、他人行儀の市場調査を指示する発想、お前のことだ。

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*手作業メインで、機械の使用は最小限だった1950年代製の帽子。この細部に宿るクラフトマンシップの復権が、今後ホントの仕事のメルクマールになると、個人的には思う。

 

<ただビビらせて、どうする>

 

10年後にはなくなる仕事、という、いかにも学者や官僚の考えつきそうな浅薄な調査と、それを基底に据えた「本格的な」仕事議論などが、先日NHKのニュースを見てたら話題になったようだ。その全体像はまことにへそが茶を沸かすような話である。


これは正しく言い直せば、10年後に消えるのは「作業・労働分野」であって、機械化とIT化が進めば、単純作業領域は細るってことを、単なるレッテル貼りで再確認させられているに過ぎない。


そんなの、みんな日々感じてるようなことじゃないか。ネガティヴなことを自信満々に吹聴されたところで、一般人としては鼻白むばかりである。そんな、世の業種を、その内実への考察抜きにしてズラッと収集・並列し、自分の間尺とだけ突き合せて「こいつはいい、こいつはダメ」なんて、たかが順列やカタログ一覧化みたいなことにお墨付きを与えて落着する。そんな調査側の「審査する余裕」こそ、まっさきに排除されるべきものだ。

 

お前たちがそうやってかんたんに断罪してデータ処理してしまう仕事とやらのひとつひとつは、単なる単語や術語ではない。それはかけがえのない、複雑多岐に渡った、繊細で微妙で硬質なものだ。その仕事ひとつひとつの先には、間違いなくみんなの人生が、生命が、日常が、確かさが、具体的に紐付いている、そんなしっかりした内実のあるものだ。勝手に矮小化して悦にいってんじゃないよ。

 

仕事は自分の放出であり、新陳代謝のようにどんどん生み出すものだから、なくならない。
後生大事にしてる給与源に、何が何でもしがみつくっていう依存も考えものだけど、一方それが消えてなくなるおびえを、「冷静で客観的に」指摘するだけなのもずいぶんと殺生な話だ。

 

「これからも生き残る仕事」の分析を見ると、ソフト的なもの、属人的な仕事、AIに取って替わられにくい分野が生き残る、とのことだが、そんな指摘などお粗末にして陳腐、かつ、大きなお世話である。仕事とは、もっと大きなものへの参加や、人格を賭して獲得するものであるはずだ。この論議では仕事というものが、これから何がトレンドになって何がそうでないかみたいなイス取りゲーム、陣地の奪い合い、パンくい競争みたいなちっさな話になってるが、しかしそうではなく市井の、いまを生きるぼくらに切実に必要なのは、人にとって仕事って何なのかという真相の再定義と、それを踏まえたうえでの、根源まで見据えたほんとうの仕事の興し方、その「ホットで主観的な」発想法だ。

 

もっと言うとこの調査は、その前提として仕事という営為に対する定義の甘さを、あるいは世間一般に言われているそれへの鵜呑み解釈さ加減を、ものの見事に露呈している。ここでは仕事と職業と従業員と、作業と被雇用と賃金労働が、自営も含め区分けなくぜんぶでワンセットになってしまっている。さらにまた真の仕事への考察も定義もなく、この「ワンセット」の枠を前提としてそこから1ミリもハミ出さず、疑いもせずに調査が完結している。だから消極的で、おっかなびっくりの、喰い足りない印象しか残らない調査であって、ひとことで言うと、雑。子供にでも指摘できるわい、こんなの。税金返せ。

 

マスコミもその尻馬に乗っかって「10年後に消える職業はコレだ!」とか「オックスフォード大学が認定したその結果が衝撃!」とか言って、あおりつつただ伝達するだけのものが大半で、まったく天下泰平、いい気なモンである。

 

属物的、定量的、可視的な分野が今までの仕事、否、作業の中心であったから世間は行き詰まっていくわけで、これからは属人的、非定量的、非可視的なる事のほうに仕事の力点が移っていくのは自明。だからそちら方面の指摘を、提案を真摯に行っていく。そんな建設的で未来志向の話こそ、傾聴するに値するというのに。

 

まだ、もしかしたらなんとかなるんじゃないかという気分が、もうどうにもならない現象としてハッキリする、そんな幕引きの段階は、各人が各人の脳ミソで捉えればいいのであって、教育者みたいな涼しい顔で横から指摘を受けたって反発するか意気消沈するしかない。不要な不毛を押し付けないでくれよ、税金返せ(しつこい笑)

 

諮問機関だかシンクタンクだか知らないが、何かしらの決意も自覚もなく、誰の方を向いた、何のための調査なのか。その根元からして、冷静な客観性とやらを隠れミノにした「共に生きていく」感覚の麻痺であるし、そのことへの内省も感じられない。前にも書いたがこれだから専門家とか研究者ってのは、ぼくに言わせれば10年後どころか「いますぐなくしたい象牙の身分」なんですよ。「10年後になくなる仕事と、生き残る仕事をピックアップしてほしい」なんて依頼がたとえば国家機関からきたら、その依頼にホイホイ乗るんじゃなく、その裏にあるイヤラシサにしっかり気づき、むしろ「そんな偉そうなこというなんて滅相もないし誰のためにもならない。依頼する方も依頼する方だ」と固辞~やんわり批判っていうのが本当の知性なんじゃないのか。ただのメッセンジャーにすぎないマスコミとやらも、同罪。

 

というわけで、わけしり顔の偉そうな、こんな調査や報道などポアしておいて、ぼくらは日々を、人心を見つめていこう。

 

あなたしか出来ない、ホンマモンの仕事は、必ずどこかに潜んでいる。

 

*なお、仕事に関するぼくの考察やジタバタは、こういう↓過去記事に書きつけてある。良かったら参考までに。

 

www.moneytalks.jp

www.moneytalks.jp

 

 

<了>